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2009年12月30日 (水)

中東欧旅行 第6日目 ブタペスト

  最後の日はハンガリーの首都・ブタペストでした。 ハンガリーと聞くと牧場、温泉、刺繍、パプリカ、洋食器の国Img_0609、オスマントルコとハプスブルクに支配されたが立派に復興した、 なんとなく哀しくって、愛麗しい感じをもてる国。 一寸の観光でしたが、とてもよいところでした。 ヘレンドの洋食器屋さん、刺繍屋さんのおばあさん、レストランのバンドとウェイトレス、みなとても感じがよかったし、何をかいわん食事が美味しく、景色がとてもよかったです。 またゆっくりと来たく思いました。

さてハンガリーでの旅日誌を書く前に、また例によってハンガリーの歴史に少々ふれておきます。 ハンガリーは東ヨーロッパの山岳地帯の中でドナウ川中流の盆地状に開けた平原になっており、遊牧に適した土地であり繰り返しアジア系遊牧民がやってきました。 9世紀にウラル山脈周辺からマジャール人が到来し住みつき、1000年にそのマジャール人であるアールバード家のイシュトヴァーン1世がキリスト教に改宗して、ローマ法王から戴冠を受け、ヨーロッパ世界の一員となり立国。 それから北のスロバキア、南のクロアチアを支配下に入れて勢力を伸ばし、ハンガリーの絶頂期を迎える。 しかしその後13世紀にはモンゴル帝国の侵略を受け、1301年アールバード家が断絶。 そしてマーチャーシュ王の15世紀にブタペスト黄金時代を迎える。 しかしまたしても16世紀になるとこんどはオスマントルコ帝国がやってきて、神聖ローマの十字軍を組織し対抗するも敗北。 トルコは150年にわたりハンガリーを支配。 そして次には18世紀にハプスブルク家やってきて、19世紀中まで支配。 1866年には普墺戦争(プロイセン王国とオーストリア王国との争い)で、プロイセンに破れる。 その後国内に独立運動が起きて、国王を兼ねてはいたプロイセン・フランツヨーゼフ1世が、オーストリア・ハンガリー帝国なるものを作った。 19世紀末にはハンガリーで資本主義が勃興し民族主義が高揚、首都ブタペストにロンドンに次ぐ2番目の地下鉄ができるなど、ヨーロッパ有数の近代都市として繁栄した。 しかし1914年の第1次大戦でまたしても敗北し、チェコの占領下に入る。 共産党革命も起きて社会主義国になってしまう。 しかし「ビロード革命」前の1970年から市場経済を取り入れ、東欧中で回復力が速い国となって復興。 ここ数年ブタペストは再び勢いよく発展しており、コンサートや演劇は毎日催されなど元気がある。 浮き沈みが大きいが、逞しい国と思える。 

ハンガリーの魅力にはもうひとつ、アジア系だということがある。 現在はゲルマン系との混血になってきておりヨーロッパ化しているが、祖先がウラル山脈から移住してきたアジア系であったので、新生児の数パーセントに蒙古班がお尻に印されているそうである。 また言葉も独自のハンガリー語で、人の呼び方が日本と同じ、姓名の順だそうだ。Photo

さて観光に話を戻します。 午前は英雄広場、聖イシュトバーン大聖堂、くさり橋、王宮の丘、マーチャーシュ教会、漁夫の砦を観光、午後はドナウ川に沿って北上、ドナウベントを観光とそちらでのブランド物とみやげ物ショッピング。 そして夜はドナウ川でのディナークルーズでした。 ブタペストの観光スポットの位置関係は、右図のとおりです。 ブタペストはドナウ川を挟んで東西にあり、川の西の丘側をブタ地区、川の東街側をペスト地区といっている。 ブタ側の見所は王宮の丘があって、そこに王宮をはじめとして、古い城壁の跡に建てられたネオロマネスクの「漁夫の砦」、88mの尖塔が印象的な「マーチャーシー教会」などがある。 またペスト地区には聖イシュトバーン大聖堂、賑やかなヴァーツィ通り、市民広場(英雄広場)、大きな朝市中央市場などがある。 因みに「ブタペスト」の名前の由来は、「ブタ」は9世紀頃のマジャール人の族長の名前、もう一方の「ペスト」は石灰石を焼く窯、つまりかまどという意味だそうです。Markethall

最後の日の観光は、ホテル出発AM8:30、夜PM9:00ホテル戻りの12時間の長時間であった。 朝はその前にAM6:00エリザベート橋近くにある中央市場で朝市をしていたので見に行った。 大きなデパートの2フロアほどの広さに、多数の店が野菜を広げていた。 これだけの新鮮野菜を一日ではけるのであるから、さすが牧場のImg_0566国、農業の国ハンガリーである。 

ペスト地区では、聖イシュトバーン大聖堂と英雄広場へ行った。  聖イシュト バーン大聖堂は8500人が入れる寺院で高さ96m、傍にある国会議事堂と同じ高さでImg_0552ある。 19世紀後半にネオルネッサンス様式で造られたドーム型の寺院。 11世紀のイシュトバーン王のミイラ化した右手がここの礼拝堂に安置されているそうだ。 ハンガリーカトリックにとって貴重な寺院なのだそうである。 次の観光場所は英雄広場。 ここはエリザベートが植樹した市民公園の一角にあって、ブタペストを象徴する広場になっている。 1896年に建国の1000年記念行事が行われたが、この記念行事として造られた。 地下鉄開通もこのときである。 広場の中央には守護天使が、柱の下のところにはマジャール民族の7人の族長、騎馬像などが飾られている。

ペスト地区の観光の後、くさり橋を通って、ブタ地区へ、王宮の丘へ行った。 Img_0646 くさり橋は1849年にはじめてブタ地区とペスト地区を結んだ橋だが、石でできた支柱門と大きなライオン像が目を引く。 また夜はそのつり橋のアーチにライトが灯って美しく(鎖のように見えるのでくさり橋という)、ブタペストのシンボル的存在となっているとのこと。 (最初の写真が王宮から見たところ、くさり橋と国会議事堂が見える) ブタの王宮は1241年の蒙古襲来のとき、またの襲来を恐れてつくられた堅固な要塞である。 そして1285年の再度の襲来があったが、この城のお陰で撃退させることができたという。 (写真の王宮は夜のクルージングから、ライトアップが素晴らしかった)Photo_2

次には15世紀ハンガリーの黄金時代を築いたマー チャーシュの教会へ、そして漁夫の砦へと行った。 漁夫の砦は、中世の魚市場のあった場所に1905年に造られた。 都市の防備には関係しなかったが、ここからの眺望は格別である(右写真)。 またライトアップされた漁夫の砦は、ナイトクルージングから素晴らしいものであった。

長時間観光で話は長くなってしまったが、午後はImg_0623 ドナウ川を北上、スロバキアとの国境を見て、ドナウベントというところへ行った。 ドナウの曲がっているところということでしょうか、ともかく景勝地である(下の写真)。 10世紀アールバート王朝があったときの都である。 またこちらにはエステルゴムという大聖堂(左の写真)があり、これはハンガリー最大のカトリック大本山なのだそうだ。 そしてドナウベンPhoto_3 トにはこの他、洋食器ブランド「ヘレンド」の本店があったり、刺繍などのお土産屋さんがあったりで楽しめた。

夜はドナウのナイトクルージング、そして船内、バンド演奏を聞きながらのバイキング、堪能した。 そして屋外も暖かく、甲板からの夜景を十分に満喫できた。 この6日間天気に恵まれ気温もまぁまぁ高く、中東欧州の平均気温は11月下旬上が6℃、下が0℃とのことであったが、この旅行期間はずっと暖かく、上が15~17℃もあって助かった。

拙い旅行記を最後までお読みいただきまして有り難うございました。 少しでもお役にたてればと思うところでございます。 ご所見などございましたら、どうぞメールをお願い致します。 Abcaiueo100@hotmail.co.jp でお待ちしております。 有り難うございました。

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コメント


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